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英文記事の翻訳

ロルフィング®を知っていただくために、ホームページの方には、10回のセッションや筋膜について記述しました。しかし、ロルフィングの根本にある 5原則 について書かないことには肝心かなめのところに説明がとどいていないと感じたので、5原則について短くシンプルに 書いてみていたところ、 やはりある程度長い文章をしっかりと書いたほうがむし ろ分かりやすいんじゃないか? と思うに至り、 この5原則を作る際に中心的な役割を果たした人物Jeffrey Maitland Ph.D.のホームページの記事を訳すことにしました。彼から翻訳・掲載の許可を得られるよう頼んでみたところ承認されたので、以下に 掲載します。 原文はこちらです。  http://www.jeffreymaitland.com/rolf/rolf_4_dev.html ロルフィングの新しい発展についても書かれていて、多くの方のロルフィングの理解の助けになる文章だと思います。色々な方に読んでいただきたいです。 ~ロルフィング®新たな発展~ 1979 年のアイダ・ロルフ博士の死後、ロルフィングの哲学面・科学面・アート面は著しい変化を遂げてきました。博士はワークを教える上での得策として、 10 回のセッションからなる定式的なプロトコル (formulistic protocol) をつくりだし、彼女はその特徴を示して“レシピ”と呼んだのでした。そのレシピには、コンセプトに抜けたところがなく、視野が広く、とても効果があって、様々な人がその恩恵を受けることができました。体系的な手技というものは定式的なプロトコルに依拠しているものです。彼女の 10 セッションレシピはパワフルで効果的ではあるものの、全ての定式的プロトコルがそうであるように、明らかな欠点をもっているのも事実です。 生来の素質として、定式的なプロトコルというものは、理想的な身体や理想的な状態というものが存在していてそれがノーマルさ(正常さ、 normality )を構成していると決めてかかっています。まねるべき理想の身体があるという理論は身体的理想主義( somatic idealism )とでも呼べるものです。定式主義( formulism )と身体的理想主義には密接なつながりがあります。定式的なプロトコルは、同一のオーダーで同一

身体をまっすぐにすることが目的なんですか?

先日、ある方から「身体をまっすぐにすることが目的なんですか?」という質問をいただきました。とても面白い問いでもあるので、ここではYESかNOかで答えを出すというよりは、 自分の考えを伝えられるよう綴ってみたいと思います。 このプログの過去の投稿では、セッションのbefore& Afterの写真を通じて、 クライアントの変容を分かりやすく提示しています。これは まっすぐになっていくことをアピールしているようにも見えるか もしれません。 ただ、身体が垂直になったから良いとは一概には言えません。 その身体がうまく機能していなければ、 まっすぐになることにはあまり意味はないと言えます。 まっすぐが努力によってそう見えているだけなら、 むしろ快適性という意味では、損なわれているかもしれません。 そこに機能があるかということが重要なポイントです。 また、身体がまっすぐでないことを、治さなくてはいけないもの、 と捉えてしまうと、まっすぐであるべきだ、 という考えに悩むことにもつながってきます。そこには、こうあるべきだという自分像と、実際の自分自身の二つがあって、 そこにある意味では優劣がつけられているという状況です。 これはセッションの場においては望ましいことではないと考えています。 大切にしたいのは、そのときそこにある身体のありのままの現実をあたたかく受け入れ られること、そこがワークの出発点になるのが理想です。 そのほうが本来の身体の機能が引き出されやすく、「 重力がその中を通って流れていく」ことも容易になります。

ロルフィングのタッチについて

ロルフィング®が痛いというイメージは、アイダ・ ロルフ博士が生徒達に「もっと深く働きかけなさい」 と注意していたという、 よく引用される逸話にも起因しているようで、 当時の多くの生徒達は、 博士にもっと強く圧をかけるよう注意されたと解釈していたようです。(強い圧のワークは1960年代後半~ 1970年代初め頃にあったトレンドでもありました。) 現在では、深く働きかけることと、 物理的に強く働きかけることは意味が違うことで、”no pain no gain”(痛みがなければ成果はない) といったタイプのワークは、比較的がっちりとしたタッチを好むアメ リカにおいても過去のものとなっています。   * * * 米国滞在中、幸運にも、多くのメンター、 クライアントと、セッションを経験することができました。各クライアントの状況やメンターからのアドバイ スに沿っていく必要もあり、僕は その都度かなり異なるタッチを用いていました。   ある時は、ある程度自分の体重を乗せて、 前腕で圧をかけるようなワークをしましたし、またあるときは、 ほとんど圧をかけないタッチを用いました。 意外だったのは、前者の場合に「 繊細なタッチ」、後者の場合に「Energeticなタッチ」 といった感想をクライアントからもらうことが多かったことです。 (物理的に触れていない状態で「powerful」 という感想をもらったこともあります。)   そうした経験を通じて、タッチというのはクライアントとの関係性そのものであり、かかっている重量だけで深い・ 浅いを判断することはできないのだなと改めて認識するようになりました。